シンクロが起きる沸点というものがある。

 

それは小さな積み重ねを積み上げた結果

コップから水が流れ出すようなものだ。

 

その時が来た。

 

月水さんはカミーノを歩き始めてから各地で琵琶演奏を行ってきた。

 

亡き日本人巡礼者シンゴ ヤマモトさんの慰霊碑の前での演奏から始まり

 

カフェ、アルベルゲ、食堂、教会、丘の上、礼拝堂・・・

 

観客なしのときもあれば、数人、時には数十人のときもあった。

 

言葉がわからない中での演奏、

琵琶演奏はストーリーテリングだ。

 

歴史の物語を琵琶演奏にのせて唄う。

 

言葉の意味が分からなければ面白みは半減する。

 

しかし

 

カミーノを歩く人たちは熱心に耳を傾け

 

月水さんが奏でる琵琶の音と唄声の中に在る魂に触れようとしてくれた。

 

少なくとも僕にはそのように思えた。

 

その小さな一滴が一回り大きな雫になった。

 

ブルゴスから約20キロ

オルミージョスデルカミーノの街に入ったときにそれが起きた。

本当は、この10キロ先のホンタナスの街まで行く予定だった。

 

この先のスケジュールを考えると今日は無理をして30キロ歩いて

少しでも前に進んでおきたかったのだ。

 

しかし

 

街に入って、向こうから赤い車が走ってくると私たちの横でブレーキをかけ

女性が窓を開けてはなしかけてきた

「今夜 うちでコンサートやらない?」

 

それはあまりにも唐突な申し出だった。

 

月水さんが演奏家であることなど話す前に

彼女から切り出した言葉だった。

 

「私はレストランをやってるの、この町の一番端のレストラン グリーンツリーよ」

私たちは戸惑い気味に

「今日はホンタナスまで行く予定なんです。だけどランチをあなたのお店で食べますよ」

と答えた。

彼女の車は町を離れ、私たちはレストランへ向かった。

 

街の一番外れにそのレストランはあった。

巡礼者が街に入り、一番最後に目にするのが彼女のレストラン。

いつも思うのだが、街の入り口にあるカフェやレストランは賑わっていて

奥に行くにしたがって、閑古鳥が鳴いている。

街の出口に近いのに賑わっている店にはそれなりの理由があるようだ。

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彼女の店もその理由がある店だった。

私たちが訪れた時間はランチの時間とも少しずれていたからか

あまりお客さんはいなかった。

しかし、

店内のレイアウトや内装がスペインらしくない。

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とりわけほかの店との違いはメニューにあった。

 

一般的なスペインのカフェやレストランとは明らかに違う。

 

まず目をひいたのがカレーWITHライス。

 

そしてハンバーガー、ハチミツのサラダなどなど。

 

出てきたカレーはタイ風のグリーンカレー。

ほどよく蜂蜜とビネガーとオリーブオイルがまざった絶妙な味のドレッシング。

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美味しい

 

美味しいのだ。

 

しかもスペインらしくない感覚。

インターナショナルな感覚とでもいうのか。

スペイン人でもない僕がいうのもヘンな話だが

ドメスティクな感覚じゃないのだ。

 

この味覚が今夜のコンサートの成功を予感させた。

レストランを出てアルベルゲに入り、シャワーを浴びて洗濯。

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横のチャペルを参拝して再びレストランに向かった。

 

レストランは満席。

お客さんは100%巡礼者。

どうやらこの町で洗練されたレストランはここだけなので

この町に泊まる鼻の利く巡礼者はここにやってくるのだ。

 

巡礼者の年齢層は幅広い。

10代から70代までいる。もしかしたら80代もいるかもしれない。

自炊をして倹約した旅をしている人もいれば

レストランで食べる人もいる。

アルベルゲに泊まらずテントを持ち歩いている人もいれば

ホスタルに泊まる人もいる。

様々なのだ。

 

そして総じて知的レベルが高い。

 

話した人たちは弁護士だったり大手IT企業のエンジニアだったり、教師だったりだ。

 

このレストランに来ている人たちも多くは40代以上の落ち着いた雰囲気。

 

レストラン グリーンツリーのオーナー エマが

「今日は日本から来てるビワの演奏家 ゲッスイ

とスパニッシュギターの演奏があります

まずはゲッスイ!!」と紹介すると

 

お客さんは一斉におしゃべりをやめてステージに注目した。

 

月水さんがインストルメンタルで琵琶を弾き始める。

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椅子をステージのほうに向けなおして聞き入る観客。

 

琵琶の音が染みわたっていく。

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次に「壇ノ浦の合戦」

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月水さんの歌声はパワフルだ。

石造りのレストランは反響して、その波紋も増幅させる。

 

大喝采。

 

 大成功だ。

 

次の女性のスパニッシュギターの弾き語りの方も素晴らしかった。

 

エマが車越しに「今夜コンサートをやらない?」

と誘ってきた直観。

それに予定を無視して乗った私たち。

 

スケジュールされた旅から逸脱するところに、この旅の面白さがある。

 

そして、それがシンクロニシティーを加速させる。

 

スパニッシュギターの方は隣町の住人らしい。

彼女はときどき、この店で引き語りをするという。

 

演奏会が時折あるレストラン。

それだけで魅力的で人気の店になるに違いない。

 

翌朝、コーヒーを飲みに立ち寄って話すと

エマはスコットランドの出身だった。

 

彼女もカミーノを歩いたそうだ。

 

そして、夢の中に色んな国々の人々、多くの動物が彼女の前を通り過ぎる

夢を見たという。

 

その後、パートナーと知り合い、この村でレストランをすることになったそうだ。

 

そして、いま彼女の目の前を多くの人達が通り過ぎていく。

 

「夢の通りなの」

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彼女は満足そうに笑いかけてくれた。