2019年10月 369回スケジュール

24日

13:00

東京V  6回目

クラブワールド

24日

19:00

東京U 10回目

クラブワールド

25日

13:00

東京T 10回目

クラブワールド

26日

11:00

大阪 新規チーム 1回目

天満橋

14:00

大阪 新規チーム 2回目

天満橋

27日

未定

大阪にてトーク会

未定

29日

13:00

守谷 6回目

アースハーモニー

30日

12:00

谷本グループ 6回目

クラブワールド

こんにちは開運極楽パワースポット巡りのスピリチュアルキュレーターの大村真吾です。

今回はペルーボリビアのツアーに出かけていたことについて書いていきます。

テーマは「古代アンデス文明・インカ帝国の謎を探る旅~ミイラは見つかるのか?!~」です。

1日目(620日) 日本からペルーへ

成田空港を出発してヒューストンへ。

初めてヒューストン空港。

到着が早朝のためか、イミグレーションも空いていて、快適なアメリカに入国。いつもセドナやマウンシャスタに行く時はロスアンゼルスやサンフランシスコで入国に時間がかかり辟易するのと比べると雲泥の差。

しかもヒューストンといえばNASA。やはりNASAのショップがありまだまだ行きのトランジットだというのに買い物をしてしまう。

地図

そしていよいよリマ行きの飛行機に搭乗。北米から赤道を越えて南米へ。現地時間の620日午後11時くらいにペルーの首都リマに到着。

到着後、迎えのバスに乗ってリマの新市街のホテルへ。

2日目(6月21日)リマからクスコ、インカ帝国の遺跡オリャンタイタンボへ

早朝にチェックアウトをして空港へ。クスコ行き搭乗。朝早いフライトにもかかわらず満席。

アンデス

飛行機の機内から見えたアンデスの山

海抜数メートルのリマから標高3700メートルのクスコに到着。

クスコ空港

インカ帝国的な装飾のクスコ空港

やはり空気が薄い。頭が何となく痛いし、一気に話すと息切れがする。

富士山登山で歩きながら3800メートルに登っても高山病になる場合があるのに、飛行機で1時間という短時間で3800メートルも上がるのだから当然だ。

クスコは石組みの街。目を瞑って壁を撫でたら繋ぎ目がわからないほどの成功さ。

壁

インカ帝国は1438年から始まりクスコはその首都でした。

1400年代にこの石組みが作られたとしても驚きだが、実は石組みの歴史はもっと古い。

インカ帝国以前をプレインカと呼び紀元前まで遡るアンデス文明はまだまだ解明されていなく、発掘されていない遺跡がねむる未知の世界だ。

クスコから郊外にあるサクサイワマン遺跡を訪れる。

ここの石組みは巨大でかつ繊細だ。クスコ市内の精巧さを巨大にしたもので且つ太陽の向きも考慮にいれた圧巻の遺跡である。

サクサイワマン

そこからケンコー遺跡に足を延ばす。ケンコーとはケチュア語で迷路を意味する。

岩の中などに作られた細い道がスペイン人には迷路に見えてケンコーと命名された。

しかしケチュア人にとって、そこは迷路ではなく再生の場所であった。

魂の癒しの場所であるケンコーは今も訪れた人に癒しをもたらす。

ケンコー遺跡

ケンコー遺跡

しんごちゃんネル「癒しの場所健康?ケンコー遺跡ペルーの聖地

そして最後にタンボマチャイを訪れた。ここは泉が湧き出る聖地だ。

インカ帝国の当時、王や王妃が沐浴をした場合とされている。

しかしその源泉がどこにあるかは今も定かではない。当時の建築家だけが知っていたと言われている。

タンボマチャイ1

タンボマチャイ2

そしてマチュピチュへの列車の始発の街オリャンタイタンボに宿泊をした。

3日目(6月22日)

インカ鉄道に乗ってマチュピチュへ。アンデス インカ帝国の空中遺跡「マチュピチュ遺跡」

列車でオリャンタイタンボからマチュピチュへ。

列車

しんごちゃんネル「天空の遺跡マチュピチュへ。ペルーレイル鉄道の旅

この鉄道は線路は国有で、インカレイルとペルーレイルの二社で運営されている。

天井までクリアなガラスで出来た車輌はマチュピチュ村に向けて標高を下げていく渓谷の展望を約束してくれる。

時に見える氷河を頂いたアンデスの山々を見ながら約2時間でマチュピチュ村に到着。

ホテルのポーターに荷物を預けてマチュピチュ遺跡へ行くバスに乗る。長い行列を待ちやっと乗車。つづら折れの急坂を登ること20分ほどで遺跡の前に到着。

マチュピチュ1

マチュピチュ遺跡に入るには事前の予約が必要だ。入場制限は厳しくチケットとパスポートが一致しないと入る事ができません。

マチュピチュ遺跡のゲートを通り、左方向に進み石段を登っていきます。

リャマが草を食んでいる脇をとおり、遺跡の上部に上がっていきます。

マチュピチュ2

この先に太陽の門があり、マチュピチュとクスコを繋ぐインカ道があります。

マチュピチュ4

またマチュピチュ峰にのぼる登山道もあります。

上部にいくと遺跡を見渡せる場所にでます。

マチュピチュ3

この辺りまでくると人も減り、ゆったりと遺跡やワイナピチュ峰、ウルバンバ川の谷を眺めることができます。

一番奥までいくと瞑想をすることも可能です。ぜひここまで足を延ばしてひと時を楽しんでみてください。

マチュピチュ遺跡のなかには多くの見るべき場所があります。

たとえば壁に空いている置物台のような穴があります

マチュピチュ5

一般的には物置的な解釈がされていますが、この穴の中に顔を入れて声を出してみます。

高い音を出すのと、そのままに聞こえるのですが、

低い音を出すと、音が増幅して大きく聞こえるのです。

マチュピチュはアンデス山脈の中に在り、この地帯は昔から地震の多い場所でした。

地震の発生、つまり地鳴りのような低い音がした場合、ここが音が増幅して地震を知らせる働き

があったのかもしれません。

あるいは、ある一定の周波を建物から逃がすような免振の役割を果たしたのかもしれません。

また意味がわからない窪みもあります

マチュピチュ6

上の写真は「石臼」と呼ばれている窪みです。

これは水を貼り太陽や月あるいは星を映したのではと考えられます。

天文学的な装置であると思われる一方、それらのエネルギーを水に転写して人間が天体のパワーを授かる場所とも考えられます。

まだまだたくさんマチュピチュの中には解明されていない秘密が沢山あります。

しんごちゃんネルにも動画をアップしたので見てみてください

一般の切り口とはちょっと異なる「マチュピチュ遺跡」

マチュピチュ村に下山して遺跡の感動を語らいながら夕食。

マチュピチュの夜が更けていきます

 

4日目(6月23日)マチュピチュ峰登拝、オリャンタイタンボ遺跡。

今日は2組に分かれて行動。私はまさこさんと共にマチュピチュ峰へ。もう一組はマチュピチュ村散策。

マチュピチュ遺跡の両側にはマチュピチュ峰とワイナピチュ峰がある。

共に1日の入山者数が規制されている。なぜかワイナピチュ峰の人気が高く予約が取れない事も多い。

今回はワイナピチュ峰の予約がとれず、マチュピチュ峰に登拝することになった。

マチュピチュ7

マチュピチュ遺跡標高2430メートル

ワイナピチュ峰は標高2720メートル

一方マチュピチュ峰は3061メートル。

昨年はワイナピチュ峰に登ったので今年マチュピチュ峰に登ると2つの頂きから遺跡を見たことになる。

マチュピチュ峰はワイナピチュ峰より緩いと言われている。

確かに急な階段はワイナピチュの方が長く、段差も激しいかもしれないが、マチュピチュ峰もかなりの登りである。

マチュピチュ8

しかし行程中や頂上で眺める光景はその代償に値する。

遺跡とワイナピチュ峰を眼下に見る光景は素晴らしいし、氷河のアンデス山脈も絶景だ。

マチュピチュ9

しかも、何故マチュピチュ遺跡があの場所に出来たかが分かる気がする。

渓谷の下からでは、そこに街があったことすら想像出来ないがマチュピチュ峰から見ると実に理にかなっているのだ。

マチュピチュ10

下山をしてマチュピチュ村から再び列車にのりオリャンタイタンボへ。

列車の中で職員達のファッションショーが始まる。

今まで飲み物や軽食を配っていた職員が賑やかな音楽と共に様々な服に着替えて通路をモデルの様に歩いていく。

この服やストールは車内販売されていて、ショーはいわゆるプロモーションだ。マチュピチュ11

マチュピチュ?オリャンタイタンボは数種類の列車があるが、ファッションショーがあるのは私達が乗った列車だけらしい。

そういえば昨年の列車ではやっていなかった。

オリャンタイタンボ駅に着きガイドのカルロスさんの計らいで今でも遺跡の中で暮らしている民家を訪れた。

マチュピチュ12

道の上に光る宵の明星

このオリャンタイタンボの遺跡の町は宵の明星が見える方向に町の道が出来ていると言う。なんともロマンティックかつ天文的だ。

遺跡には当然人が住んでいた訳で、そのまま今も住み続けているので石組みの家の中は当時のままである。

マチュピチュ13

壁には柔術的なものがずらりと並んでいる。

先祖の骸骨が祭壇に置かれ、リャマやアルパカの胎児の干されたものも飾られてる。

しかし、決して気味悪い印象は不思議となかった。

遺跡の中で、往年と同じように信仰とともに生きているという伝統を感じることができた。

しんごちゃんねる「遺跡の中で暮らす人々。インカ帝国の様子が伺えるオリャンタイタンボ遺跡に住む人々。」

をアップしていますの見てくださいね

オリャンタイタンボを後にしてクスコへ向かう。

 

5日目(6月24日) クスコ 太陽の祭典インティライミとラクチ遺跡

今年の夏至は6月22日だがペルーは南半球にあるので冬至となる。

太陽を崇拝しているインカの人々にとって冬至は1年で最も重要な日といっても過言ではない。

当時からその日のお祭りをインティライミと呼び毎年6月21日から24日の間に開催してきた

しんごちゃんネル【インカ文明の冬至の太陽の祭典「インティライミ」 南米三大祭り】 

インティライミ

スペインに統治された時期はキリスト教化の為に厳しく規制されていたが、水面下で継承されて1900年から再び復活を遂げた。近年は毎年6月24日に固定されて開催されている。

ガイドのカルロスさんの機転で太陽の神殿から出てくる儀式の行列を見ることが出来た。

インティライミ2

神殿から演説をする王と側近のシャーマンとのやりとりも目にすることが出来たのは非常にラッキーだった。

インティライミは夕方までアルマス広場、サクサイワマン遺跡と場所を変えて行われるが私達はチチカカ湖畔の町プーノへ。

途中でバカでかいパンを買って食べる。

パン

インカでは町々に仕事が決まっていて、パンを作る町、煉瓦を作る町、陶器を作る町などなど役割が決まっていたそうだ。

今もその役割が伝統となっている。ちなみにクスコの市場で見られるこの大きなパンは、この町の人たちが売りに来るらしい。

このパンは有名なのでプーノやその他の手に入れる事が出来ない町にお土産で持っていくと喜ばれるという。

次に訪れたのがラクチ遺跡。

ラクチ

城壁のように見えますが、これは建物の中心で、この左右に柱があり(円柱の列が柱の跡です)その上に屋根がつていたそうです。

このラクチがクスコ周辺に住むケチュア族とチチカカ湖周辺に住むアイマラ族の境であったそうです。

このラクチ遺跡はインカ帝国(ケチュア族)のもので、アイマラ族に対しての威容を見せるためのものでもあったそうです。

しんごちゃんネルを見てみてください「インカのラクチ遺跡が凄い!&ラクチ教会の最後の晩餐とは?」

このラクチ遺跡には教会があります。

ラクチ5

いうまでもなくスペインがキリスト教化するためにラクチに作ったもので、ラクチがキリスト教であった訳ではありません。

この教会も壁画がいかにもペルー的なのでご紹介したいと思います。

ラクチ2

最後の晩餐の絵ですが、この晩餐がアンデスの重要なたんぱく質である「クイ」なのです。

ラクチ3

実際のクイはこんな感じです

ラクチ4

 インカ帝国を作ったのはクスコを中心としたケチュア族でした。

彼らはクスコから北部へ勢力を伸ばし今のコロンビアあたりまでを支配下に置きます。

その後南へ勢力を伸ばしますが、チチカカ湖から南にいたのがアイマラ族でした。

アイマラ族の方がケチュア族よりも起源が古いともされ、大きな勢力を持っていました。

アイマラ族はケチュアに対抗するよりは経済的な関係を結んだようで、心理的には独立心が旺盛だったようです。

だからこそ、このラクチ遺跡が創造されたといわれています。この遺跡では多くの神官や巫女たちが居住し、その周りには食料貯蔵庫や一般の住民が多く住んでいたそうです。

今もクスコ周辺の人達はケチュアの流れをくみ、チチカカ湖周辺はアイマラの流れをくむ人たちが住んでいます。

ちなみに私たちのガイドのカルロスさんはケチュア族だと言ってました。

彼曰く性格・気質も違うとのことです。

クスコからチチカカ湖畔の町プーノに行くには標高4335mのララヤ峠を越えていきます。ラクチ6

この峠にはリャマやアルパカで作った小物や敷物がお土産で売られています

ラクチ7

ラクチ8

4300mを越えるのでちょっと 息が苦しいなあ・・・と思いながらもいつも買い物をしてしまいます。

そして夕刻チチカカ湖畔のプーノに到着します。

 6日目(6月25日)チチカカ湖の隠された意味とは? タキーレ島とウロス島

 朝、朝食を終えてホテルの前にある桟橋へ

チチカカ1

 ここからボートに乗りウロス島へ。

チチカカ2

ウロス島とはチチカカ湖に浮かぶ人口島のことをいいます。

チチカカ湖に自生する葦で作られています。

葦を刈り取りブロックにして束ねたものを3mくらいに積み上げて、さらにその上に乾燥した葦を敷き詰めて島を作っていきます。

チチカカ湖にはこのような島が300ほどあり、一つの島に4家族ほどが生活しています。

島に行くと民族衣装を着たり、島の作り方などを教えてくれます

チチカカ3

学校や集会所がある島もあり、彼らはボートで行き来をしています。


僕たちも観光用になっているボートで他の島へ移動しました

チチカカ4

このボートの動力源は「人」です。

チチカカ5

上には僕たち5人が乗り、船全体の重量もあるのでかなりの重労働をご夫婦の漕ぎ手が島まで運んでくれました。

次に向かった島がタキーレ島です。

チチカカ6

チチカカ湖はペルーとボリビアにまたがる大きな湖です。

60%がペルー領、40%がボリビア領で周囲が1125KMという大きな湖です。

高度も3812mで汽船が運航されている世界で最も標高の高い湖といわれています。

チチカカ湖と琵琶湖を比べてみました。チチカカ7

チチカカ湖 大きい! 高い! 深い!

このチチカカ湖のペルー側の中央に近い場所に位置するのがタキーレ島です。

この島は波が高いと行けません。事実私は昨年途中まで行ったのですが、湖が荒れて高波となり

途中で断念して引き返したほどでした。タキーレ

タキーレー島は「タキーレ島とその織物技術」としてユネスコの世界無形文化遺産として登録されています。

住んでいる人たちはケチュア族、チチカカ湖周辺から南のボリビア以南にわたる広大な地域はアイマラ族の

住むエリアなのですが、ここタキーレ島はケチュア族の人達がずっと住んできた島なのです。

タキーレ2

ボートがつく港から島へはいるゲート。

ゲートの上に載る顔はリーダーを示しています。つまり3人のリーダーという訳です。

タキーレ島には一つの村に3人のリーダーがいて、合計6つの村があるので、合計18人のリーダーにより運営されていることになります。もちろんスペインの法律の下にあるわけですが、日常の生活のまつわることは、このリーダによる合議によって運営されているのです。

タキーレ4

港からはずっと急な登り路が続き島の頂上にあがっていきます。

おもに人々の家や村の施設は島の上部にあります。

これらの村々をはじめ観光客の受け入れ、宿泊施設、食事の施設、おみやげ物などすべてリーダーの合議のもとコミュニティで運営され、持続可能なモデルを実践しています。

島の頂上に近い広場に唯一ともいえるおみやげ物の施設があります。

タキーレの産業は織物なので、それらを販売する施設です。

タキーレ5

タキーレ3

 競合がないように一か所しか販売施設はありません。

看板もなく、cafeやレストランがあるわけでもありません。

商売っ気が無さすぎるくらい静かな島です。

日本の世界遺産に選ばれた地域とは正反対です。

織物の島だけあって、老若男女が糸巻きや織物しています

タキーレ6

タキーレ7

しばらくの滞在中に何組もの外国人観光客も島にやっていました。

島の観光に対する考え方が静的なので、来る人達も粛々としているように見えます。

観光で金銭獲得に不毛な競争をして、外観や文化を損ねているとは対極の姿を見せつけられました。

再びボートに乗りプーノへ。

今晩は明日の次元の扉を訪れるための事前の儀式をすることになりました。

シャーマンのシルビアさんのコカ博物館に行き、セレモニーを行います。

プーノ1

自分の悪い思い出やネガティブな思い、トラブル案件、もつれた人間関係などを一つづつ解消や解放をイメージして黒いトウモロコシのひと粒づつに息を3回吹きかけて、上の写真の広げられたところに置いていきます。

生まれてからのこととなると次から次に思い出し、おかわりのトウモロコシをもらったくらいです(笑)

プーノ2

そのあと、お菓子で作った人形(これが様々な人生のシーンをあらわしています)持ちに自分のビジョンを描いて、また息を3回吹きかけていきます。

これをすべての人生のシーンで行い儀式は終了しました。

明日の次元の扉ではネガティブが解消され、浄化されたものとして次元の扉に向かうことになります。

昨年に引き続き2回目の次元の扉、楽しみです。

7日目(6月26日)次元の扉での儀式と、国境を越えてボリビア、コパカバーナからラパスへ

夜明け前にホテルを出発。

ちょうどチチカカ湖畔を車で走っているとチチカカ湖から日が昇ってきました

次元の扉2

しばしチチカカ湖の日の出を堪能して次元の扉へ向かいます。

しんごちゃんネル「最強スポット。ペルー「次元の扉」アラムムル~浄化と再生と異次元のゲートウエイ~」 

次元の扉 現地の言葉では アラムムルといいます。

ここはアイマラ族、ケチュア族にとってとても特別な場所なのです。

次元の扉

ここでも昨晩に続き儀式をして、一人ずつ次元の扉に直面していきます。

次元の扉3

中央の扉に行く前に左右の縦長にスリットで最後の感情のリリースを行います。

そしていよいよ次元の扉へ。

ここである意識状態に自分を置くと、岩の中に同化していくような感覚になっていきます。

肌がざわつような感じがして、ちょっと宙に浮くような感覚。

細胞レベルに意識を深化させていき、次に岩を透過するように意識を拡大させていきます。

次元を超えていくかのような感覚にとらわれますが、すっと意識が現実にもどり岩から離れました。

そのあと、岩から離れて瞑想をしていたら岩の扉が開いてクマのぬいぐるみのような物体が出てきました(あくまでも瞑想上の事です。だけどあの存在は何だったのだろう??)

次元の扉からボリビアへ。

国境

30年ぶりのペルーからボリビアの国境越え。

いつも陸路で国境を超えるときはワクワクします。

チチカカ湖のボリビア側の町コパカバーナへ。

コパカバーナ

美しい湖畔の街です。30年前とはかなり様子が変わっていました。

ここはケチュア族のインカ神話で最初の王にあたるマンコ カパックに関係する場所です。

諸説ありますが、チチカカ湖から生まれて地下の洞窟を通りクスコに向かったといわれています。

コパカバーナ2

マンコ カパックと王妃

コパカバーナをあとにしてボリビアの事実上の首都ラパスへ向かいます。

8日目(6月27日)マジカルなウユニ塩湖へ アンデス文明のミイラ発見か

早朝ホテルを出て空港へ。

空路ラパス空港からウユニへ。

ウユニ1

早朝のフライトだったのでウユニの街のカフェでしばらく休憩。

その後ウユニ塩湖へ向かいます。

途中で鉄道の墓場に立ち寄りました。

ウユニ2

 

ボリビアは鉱物資源が豊富で、それらを運んでいた鉄道だそうです。

今も鉄道は使われていますが、この墓場はこの地帯を操車場にする計画が頓挫したと言っていました。

この時初めて知ったのですが、ボリビアは隣のチリと国交がないそうです。

1879年から1884年にかけでボリビアとペルーの同盟とチリの間で戦争がありました。

地下資源を巡る争いだったのですが、チリが勝利しペルーの南部とボリビアの海岸部分がチリ領になったのです。

ウユニ5

戦争前の領土(黄色いボリビアの部分は太平洋に面しています)

ウユニ6

現在の領土

戦争後ペルーとチリは国交を回復しましたが、ボリビアとチリはまだ回復していないのです。

ちなみにボリビアとアメリカも国交がありません。

ところで

面白い形の帽子があったので思わず買っちゃいました。

ウユニ4

宇宙と交信するアンテナみたいです。

この形はこの辺りでしか売ってないようです。

いよいよウユニ塩湖へ

塩湖に行く前に長靴を調達して、水が湧き出ているところへ。

ウユニ7

 

水をなめてみましたが、当然ながらしょっぱかったです。

そこからしばらく行くと一面の白い世界

ウユニ8

ウユニ塩湖(ウユニ塩原)は標高約3,700メートル (m)にある南北約100キロメートル (km)、東西約250 km、面積約10,582平方キロメートル。チチカカ湖よりも広い面積を持ちます。

ウユニ9

塩湖の塩は数十mの層になっています。その塩の層を取り出してブロックにしています

ウユニ10

この塩のブロックを重ねて塀にしたり、建物を作ったりもしています。

塩でできたホテルもあります

ウユニ12

PALACIO DE SAL

これ見てなんだかわかりますか?

ウユニ13

部屋の天井なのです。

なんだかヴォルテックス感満載。

しかも塩で出来てるので浄化効果もあってスッとした感覚になれる部屋です。

ウユニ14

もちろんスパ施設もあります

ウユニ15

ウユニ16

次回はスパも楽しみたいです。

今回は塩湖の中を250KMあまりを四輪駆動で走破。塩湖の中は見渡す限り白い世界、しかも道がないのでガイドと運転手がいなければ、まったくどこに行けばよいのかわかりません。

レンタカーで走る人達が稀にいるそうですが、塩の薄いところを走って湖の中に落ちてしまうそうです。

塩湖の上でのランチ

ウユニ11

もう最高です!!!

塩湖の中に在るインカワシ島へ。

塩の湖なのに、ここにはサボテンが生えています

ウユニ17

トレッキングの道があり15分くらいサボテンの間を登って島の頂上まで行くことができます。

ウユニ18

そして対岸の村へ。

そこでは、周辺の人達の営みを知ることができます、何種類ものキヌアをすりつぶしていく道具などが見れます。

小さなその集落の原っぱみたいなところに連れていかれると洞窟があります。

ウユニ19

のぞき込むと

えっつ!!!!

そこにあるのは・・・・

ミイラ!?

ウユニ20

そうです。ここはこの集落の首長クラスの人のお墓だそうです。

数百年前のお墓がいまも残ってるのです。

アンデスといえばエジプトのようにミイラが話題出たりもしますが、博物館ではなく、こんな身近にミイラを観れるとは思いもしませんでした。

そしてウユニ塩湖ではやっぱり写真

ウユニ21

ウユニ22

ウユニ23

そしてマジカルな動画もとりました。コチラからご覧ください↓ ↓ ↓ ↓

マジカル★ウユニ塩湖

夜は真っ暗なウユニ塩湖でスターゲージング。空一杯の天の川の中から探す南十字星。

どこの星と星をつなぎ合わせればよいか分からないくらい一面の星屑。

美しすぎる・・・

ウユニの一夜がふけていきます。

9日目(6月28日)空中都市ラパスのロープウエイとアンデス文明「ボリビアの次元の扉ティワナク遺跡」

早朝にウユニ塩湖からラパスへ。

ラパスの空港から予定になかったスポットへ行くことに。

というのもペルーの次元の扉に行ったとき、アイマラのシャーマンが

「もうひとつの次元の扉がある、それはティワナク遺跡だ」と言っていたのです。

ティワナク遺跡は当初の予定には入っていなかったので、昨日ボリビアのガイドにアレンジをお願いしていたのです。

それが叶って予定を変更してティワナク遺跡に行くことになりました。

ティワナク文化は紀元前2世紀くらいから紀元1100年くらいにあったとされています。

スペイン入植の際に徹底的に破壊されたので全容は残っていません。

しかし、その面影を感じることはできます。

 ティワナク

ティワナク遺跡はかなり広く遺跡の中心部は4.2キロ平方メートル、周辺を入れると6キロ平方メートル

もあります。

上の写真は中心のカラササヤと言われる長方形の敷地の門。向こうにモノリート。

ティワナク4

これが門の向こうに見えた立像です。

カラササヤの隣には半地下状になった広場があります。

ここの四面の壁には人の顔の彫刻が施されています

ティワナク2

この顔はティワナク周辺の部族(村)を表しているといわれています。

色んな顔があるのですが、一つだけ異質なものがあるのです。

それは

ティワナク3

いわゆるグレイのように見えませんか?

現地のガイドが宇宙人のように見えると言っていました。

見れば見るほど宇宙人に見えてきます。

他の彫刻の顔とは素材も違うようですし・・・謎は深まります。

カラササヤの中に入ると、太陽の門があります。

ティワナク5

これが復元された太陽の門。場所も本来あるところとは違っています。

前述の門と一直線上にこの太陽の門もあったといわれていますが、スペイン人により破壊され

今ある場所に残骸があったので、その場所に復元されたとのことです。

この太陽の門がシャーマン曰く「次元の扉」です。

ティワナク6

これが中央の神を現しているといわれる部分の拡大図。

この神は宇宙神とも考えられます。

その周りにいるの存在はよく見ると顔が人間で姿が鳥。 鳥人間です。

これらは眷属的存在なのでしょう。

宇宙神と大地をつなぐ眷属たちが鳥人間。

この鳥人間は宇宙と地球を行き来したのでしょうか。

そうなると、先ほどの宇宙人てきな彫刻の顔の部族がいたことがリアルに見えてきます。

分かりやすく絵にしたものです

ティワナク7

ティワナクから出土した素晴らしいものもあります

ティワナク8

ティワナク9

このように儀式で使われていたのでしょうか

ティワナク10

なんだか凄く魅せられます。

ティワナク遺跡のすぐ近くにもうひとつ凄い遺跡があるから行こうとガイドさんに誘われます。

訪れた場所はピューマの門です

プーマの門

インカでは世の中を「天上世界」「地上世界」「地下世界」3つの次元で分けています。

天上世界の象徴はコンドルで天界を現します。

地上世界の象徴はプーマで現世を現し

地下世界の象徴は蛇で冥界を現すとされています。

天空の遺跡ともいわれるマチュピチュにはコンドルの神殿があり、マチュピチュ自体もコンドルの形をしています。

またクスコの街はプーマの形をしているといわれています。

またティワナクでは

天界には光のプーマと光の蛇がおり

地上界には普通のプーマと普通の蛇が

冥界には特殊なプーマと蛇がいるとされています。

プーマというのはコンドル同様、アンデスで生きる人たちにとって特殊な存在のようです。

このプーマの門には石をくり抜いた文様がみられます

プーマの門2

驚いたのがこの石です

プーマの門4

一直線に削られています

プーマの門5

上からみるとこんな感じ、細くてまっすぐです。

一体どのようにして作ったのでしょうか。

ティワナク遺跡、プーマの門からラパスへ戻ります。

ラパスはボリビアの首都機能を持ったボリビアのボリビア最大の年です。

空港のある辺りはアルトラパスと呼ばれ、標高は約4060メートル。

一方のラパスの市街地は標高約3640メートル。

なんと400メートルも標高差があるのです。

 ラパス4

その400mの高低差にロープウエイがかかっていてアルトラパスとラパス市街地を結んでいます。

ラパスには地下鉄はなくロープウエイが公共の足になっています。地下鉄ならぬ空鉄です。

ロープウエイはラパス市内に10本も張めぐされていています。

ラパス3

路線ごとに色分けがされていて、乗り換えができるターミナル駅もあります。

ラパス5

東京のラッシュを考えるとこのロープウエイで通勤通学するのは快適ではないでしょうか。

まず景色がいい!! そしてゴンドラには定員があるので寿司詰めにはならない!

これだけでもかなりストレスが軽減されます。

ロープウエイ乗車の様子をしんごちゃんネルにアップしたので見てみてください。

ボリビアの地下鉄がわりのロープウェイからライブ配信

ラパス市内を散策。

ガイドのカルロスさんが占い師のところに行きましょうというので

一同大賛成で行ってみることに。

するとそこは占い師の館ではなくて、占いグッズのお店でした。

占いと言っても、いわゆるシャーマニックなことに使うものを売っているお店です。

儀式に使う人形や神様をあらわすモノが並んでいます。

ラパス8

ラパス7

生薬のようなものもカラフルな箱に入っていて

ラパス10

媚薬的なモノや異性を引き寄せるモノ、アルコール依存を辞めさせる薬、

メンタル改善、悪口予防などさまざまです。

リャマの胎児やひな鳥の干したものもあります

ラパス6

こんなグッズがウナギの寝床のような店内に所狭しと床から天井まで並んでいるのです。

もう怪しさ満点です。

その様子を動画にしたのでご覧ください

そして、ラパスを案内してくれたギドさんというボリビア人のガイドさん。

初日にあった時から、かわった帽子をかぶっていたり、髭を結んで染めていたり、龍のTシャツをきていたりと

普通のガイドとは違うなあ・・・と彼の事を思っていたのです。

ラパス11

ペルーからのカルロスさんがいるのであまり話すこともせず、どちらかというとぶっきらぼうな感じ。

だけど、時々大事なことを話すみたいなアーティスト的なガイドさんでした。

ボリビアは色んな鉱石がとれてボリビアニータというシトリンとが混ざった天然石などが有名なのです。

だからよい天然石のお店に連れて行って欲しいとギドさんにリクエストをしていました。

彼が案内してくれたお店はラパスの市街地からかなり離れたルナバレーというエリアを越えた一軒家でした。

お店ではなくアーティストの工房でそこのオーナーが陶器を作り、娘さんがアクセサリーを作っているところでした。

さすがギドさん変わったところに連れてくるなあと思っていたところ、

最後にペルーからのガイドのカルロスさんとギドさんがなにやら話し込んでいます。

何話してるの?と聞いたところ

カルロスさんが「ギドさんの本当の職業はシャーマンだそうです」というのです。

ギド

やっぱりそうなんの、なんか変わってると思ってたんだよ。

それならもっと早くに行ってくれたら色んなリクエストしたのに・・・と。

夕食にギドさんにも来てもらって、いろいろ聞くと彼の父親も祖父もシャーマンだったとのこと。

そういえば昨年もチチカカ湖のガイドさんが今回もお世話になった女性シャーマンのシルビアさんで、

今回はボリビアのガイドがシャーマンだったのです。

話してみるといろいろと面白いので次回もギドさんにシャーマニックな場所に連れて行ってもらう約束をしました。

こんなにシャーマン引き寄せ率高し。

 

 

10日目(6月29日)ラパスからリマ、そして再びのクスコ

ラパスからリマにもどりリマの市内観光。

なんとランチタイムに天野博物館の阪根先生が来てくださいました。

阪根さんとは東京でお会いしたことがあり、ペルーの考古学だけでなく、世界中の古代文明に詳しく、

しかもスピリチュアルなことにも理解をしめしてくれるとっても面白い方なのです。

昨年もお世話になり、今年は予定があわなかったのですが、なんとランチに来てくださったのです。

阪根さん

しかも阪根さんならではの情報を教えてくださいました。

それは

ミイラ

またまたミイラ出現!!!!

しかも

ただのミイラじゃありません

それは

宇宙人のミイラ

驚愕

阪根さんは考古学の専門家です。

その坂根さんが「これは宇宙人の可能性がある」とおっしゃるのです。

もうテンションMAX

いやいや最後の最後にまたしても大見世物に遭遇でした。

最後とは書いたものの、ツアーはこの日のリマで終了だったのですが

私は再度クスコに戻ることになっていました。

というのも「アヤワスカ」という南米の儀式につかう植物でシャーマニックな体験をしたかったからなのです。

リマから飛行機でクスコに飛び再び3000mを越える世界に戻りました。

アヤワスカは飲むと激しい吐き気を伴いながら様々なビジョンが見えるというものです。

?ネイティブアメリカンにもサボテンの一種を飲んで同じような現象になるものがありますが、

アヤワスカの方が幻想的な世界を見るといわれています。

私は以前からアヤワスカで超常的な世界を見てみたいと思っていました。

そして今回、滞在を長くしてアヤワスカをすることにしたのです。

しかし、それにあたり医者の健康診断や付加をかけた心電図が必要であることなど準備が色々と必要でした。

日本ではスケジュールが合わないのでクスコで診断を受けるということにしていたのですが、

日本出発の数日前に、そのお医者さんが出張にいくので診断をすることが出来なくなったので

日本で診断と心電図をとってくるようにと連絡があったのです。

付加心電図をとってくれる病院を急遽さがして、出発の前日に診断を受けて

当日に診断書ができあがるというギリギリのスケジュールでした。

ところが、心電図を送ってみると負荷が足りないとのこと。

だからアヤワスカは出来ないと断られてしまったのです。

これが分ったのが最初にクスコに着いたとき。

その後、違うアヤワスカリトリートを探すということになったのですが・・・

日にちは遡ってチチカカ湖での出来事です。

ここでシャーマンのシルビアさんにコカ占いをしてもらいました。

コカ占いとは何十枚かのコカの葉を風呂敷みたいな布に置きます。

その布の四方を折りたたんで自分の胸にかざします。

そして布をシャーマンに返すと、おもむろにシャーマンは布を広げ

そこにあらわれたコカの葉の様子を見て占うというものです。

私は昨年もやってもらったので最初はやらないつもりだったのですが、

シルビアさんが貴方もやりなさいと言わんばかりに手招きをします。

そして風呂敷を胸に当て、シルビアさんに返し彼女が布をひろげます。

そして開口一番

「儀式はする必要はありません、あなたに儀式は必要ありません」

と言うのです。なんの儀式の事を言ってるのだろう?と私は思いました。

もしかして次元の扉の儀式だとしたら、私は次元の扉に行く意味がなくなってしまう・・・

そこで質問をしました

「何の儀式のことですか?」

するとシルビアさんは「飲む儀式は必要ありません、もしどうしてもやる必要があるのであれば

1回だけにしなさい。だけどそれもやらないほうがいいです」

と言ったのです。

もちろん私はシルビアさんにアヤワスカの件は一切話していません。

驚きでした。

そしてこう質問しました「どうしてやる必要がないのですか?」

すると「あなたの居る場所はここではありません」と。

「えっ?」

「あなたの居る場所はここではありません」

なるほど僕は日本人なので、クスコやチチカカ湖といったアンデスには向いていないということなのか・・・

「そうでありません、あなたのスピリットはこの次元にはいないのです」

「じゃあ どこにいるの?」

「貴方のスピリットこおkとは違う次元にいます」

「それと儀式が関係してるのですか」

「貴方のスピリットは違う次元を見ているので、アヤワスカを使ってビジョンを見る必要はありません」

そこで私は1週間後にアヤワスカの儀式を受ける予定だと初めて話しました。

すると、そうなのかという表情をうかべて

「貴方はアヤワスカをやる必要はありませんよ。やったら体調も崩れます」

私は納得したのです。

ここまで調整がつかなく、用意した心電図もダメであったのは

「お前はアヤワスカを儀式をやるな」と宇宙がメッセージを送ってきていたのです。

しかし、なんとか受けれるようにと策を講じていたのです。

だからシャーマンに言わせたのだ納得したのです。

いっしょに儀式を受けるために残ったみちよさんはどうすればよいかシルビアさんに尋ねました。

するとシルビアさんは「それは彼女が自分自身に問いかけて結論を出すだろう」と答えたのです。

その後、みちよさんは自分自身に問いかけて、アヤワスカをやらない結論を導き出しました。

そこで私たちはクスコで空白の3日間ができたことになったのです。

再びカルロスと再会した私たちは明日からのことを相談しました。

そして、コンドルが棲む谷とアマゾンに行くことにしたのです。

 

 

11日目(6月30日)アンデスの山にある月の神殿とコンドルの谷

月の谷

コンドルの谷に行く前に是非立りましょうといわれていった場所が最高でした。

その名も月の神殿

月の谷1

クスコから1時間ばかり車で走ったところにある古い祭壇です。

静かで聖なる空気が漂う場所。

サクサイワマンやマチュピチュと違い誰も居ません。

コカの葉を使い払いと生まれ変わりの儀式を行いました。

月の谷2
そして、さらに1時間以上をかけて山を下り、谷底からまた山をあがっていきコンドルの谷の村へ。

コンドル1

村からさらに1時間くらい歩いてコンドルの谷に着きました。

ここは山の頂上から谷底まで4000メートルくらの高低差があるそうです。

私たちが立っている場所から谷底でも2000mの高低差。

コンドル2

その高低差が上昇気流を生み出し、その上昇気流に乗ってコンドルが舞あっがてくるのです。

待つこと数時間。

午後三時を過ぎると急に風が吹き出します。

もうすぐコンドルが現れる時間帯だそうです。

遠くに鳥が見えました。

地元におじいさんが「あれは鷹じゃ」

コンドル3

よくみると翼をパタつかせています。

コンドルは翼を動かさないそうです。

すると遠くに雄大に飛ぶ鳥の姿が見えました

「コンドルじゃ」

全く翼をうごかさずに舞い上がっています。

あまり近くに来てくれませんでしたが、もう1羽見ることが出来ました。

日が落ちかけてきたので私たちは車に戻ることに。

地元の人達はまだ残っています。

あとから聞くと、しばらく後にもっと近くまでやってきたそうです。

帰りは馬に乗って村へ。

コンドル4

ホーストレッキングも出来てなかなか面白いところでした。

こうしてクスコでの空白の1日が終わりました。

 

12日目(7月1日)アンデス文明の知らぜらる地域アマゾン流域ジャングルへ

空白の2日目はアマゾンへ

クスコから飛行機でプエルトマルデナリへ。

ジャングル

機上からアマゾンの支流が見えます。ジャングルの中で蛇行する茶色い川。まさにアマゾン!!

一気に高度が数百メートル台までくだります。

ちょっと肌寒かったクスコから蒸し暑いジャングルへ。

アマゾンの源流のひとつにあたる川をボートで下ります。

ここはブラジルの国境までは車で約1時間の距離です。

ジャングル2

ジャングル3

ボートに乗り込みます

ジャングル4

1時間ほど川下に下りタンボパタ国立公園へ。

ジャングル5

 

 

ジャングル6

そこからジャングルを1時間あまり歩いてサント湖へ。

途中土砂降りな雨が降り出して全身ずぶぬれに。

大きな木の下で雨宿りをしますが、一向に止む気配もなく

すこし小降りになったので歩き出します。

これは何の修業なのか?

滝行のようなトレッキングでした。

やっと湖に着くと、そこから手漕ぎボートに乗り換えるとのこと。

ジャングル7

ボートに溜まっている土砂降りの雨水を桶で描きだしています。

どれだけ降ったの? という量の水。

しばらくすると雨もやみ薄日が差し込むほどに天気は回復。

水の描きだしも終わりボートで湖へ漕ぎ出します。

ちなみに漕いでいるのは現地の人達で私たちは乗っているだけ。

手漕ぎなので静かに滑るように湖面を進みます。

途中水鳥が飛んできたり、ワニが水面に顔を
出していたりとなかなのアマゾン感。

ジャングル10

虹も出て晴れやかな気分になりました。

ジャングル9

再びジャングルの中を歩き、ボートにもどって川沿いのホテルへチェックイン。

ジャングルでの一夜を過ごします。

 

13日(7月2日)モンキーアイランド、クスコからリマそして帰国の途へ

早朝に起きて、ボートに乗り込み夜明け前の川をさかのぼります。

夜明け前に出発し、周りが見え始めると朝靄に覆われました

ジャングル12

目指す場所はコルパ。

コルパとはアマゾン川流域の河岸が粘土質の崖のことをいいます。

その土壌がミネラルを多く含んでいるため鳥たちの絶好のミネラル補給源となっているのです。

コルパに到着したころ太陽が昇り始めました

ジャングル13

まだ薄暗い夜明けとともに周囲から鳥たちが集団でやってきて、崖のまわり数十メートルの木々にとまります。

ジャングル14

崖の周りの木々にはおそらく千羽を超える鳥たちがとまっているようです。

日が昇り始めるころ、木から1羽が飛び崖に近づき、また木に戻ります。

それを各集団でおこなっているようです。

どうやらはじめは1羽、その次は2羽とだんだんと数を増やし、安全であればみんなが崖に行くようです。

しかし、一向に集団で行く様子がありません。

今日は鷲が来ているようです。

ジャングル17

鷲は崖にくる鳥を狙っているのです。

結局、そこから少し離れた崖のほうが安全だったらしく、数千羽の鳥が一斉に崖に行く様子は見れなかったですが

美しい緑色の鳥たちを多く見ることができました。

ジャングル15

携帯のカメラしかもっていないので、よくわからないですが、崖のまだらに見える緑色が鳥たちです

おそらくAra severusという鳥と思われます

ジャングル18

ほかにも多種の鳥たちがやってきますが、今日は緑色の鳥が多かったようです。

そして次はモンキーアイランドへ。

この島には野生の猿が自生しています。

島の中をあるくと木の上で何者かの気配がします。

よく見ると猿が枝を飛び移っています。

ジャングル19

ガイドが声をかけると何匹もの猿が集まってきました。

持っていたバナナを差し出すと手で取って上に上がり、皮をむいて食べています。

この島にはいくつかのグループがあるそうです。

そして最後は週数民族の村へ。

ここはマチゲンガ族の村だそうです。

ジャングル22

アマゾンにはいくつもの少数民族がすんでおり、その中でも交流があるのはこのマチゲンガ族くらいだそうです。

顔に染料で線を描いてもらったり、儀礼のたばこをふるまわれました

ジャングル20

 

ジャングル21

まったく交流をもっていない部族もあり、言葉もケチャア語やアイマラ語とも違うそうです。

彼らを保護する意味でもあり、免疫を持っていない可能性があるためあえて交流を禁止してそのエリアへの入境をしないそうです。

ジャングル23

彼らの棲む場所には遺跡が眠り、金脈がある場所もあるそうです。

いま、金を狙う人たちが入境禁止のジャングルには入り込んできているのが問題となているそうです。

まさに数百年前のスペイン人が探したエルドラドの世界です。

ペルー、ボリビアはまだまだ奥深く興味深いところが数多くあります。

まさに古代史と自然の宝庫といえるでしょう。

また来年もペルーとボリビアの古代とシャーマニックに触れる旅を企画する予定です。

2020年6月中旬に企画する予定ですので、ご興味ある方はお問い合わせください。

 

というわけで、今回は「古代アンデス文明・インカ帝国の謎を探る旅~ミイラは見つかるのか?!~」でした。

 

2019年8月 369回スケジュール

8日

13:00

守谷

アースハーモニー

8日

19;00

東京U   9回目

クラブワールド

9日

12:00

谷本グループ 5回目

クラブワールド

9日

19:00

アドバンス

クラブワールド

14日

13:00

東京V 5回目

クラブワールド

8/15からスペイン カミーの巡礼です

10月22日に帰国します

令和元年7月 369会スケジュール

9日

13:00

守谷

アースハーモニー

10日

13:00

東京V   5回目

クラブワールド

 

19:00

東京U  8回目

クラブワールド

11日

12:00

谷本グループ   5回目

クラブワールド

 

19:00

東京アドバンス

クラブワールド

17日

13:00

東京T 9回目

クラブワールド

 

18:30

古事記の神

クラブワールド

18日

13:00

東京R 12回目

クラブワールド

 

19:00

マヤ メキシコ説明会

クラブワールド

 

 

 

 

こんにちはスピリチュアルキュレーターの大村真吾です。

今回のテーマは【シャスタとレムリアとツインレイ】

私は少し前までアメリカ カリフォルニア州北部にある聖なる山マウントシャスタを訪れていました。

シャスタ

マウントシャスタは遠くレムリアの時代。そのレムリアの時代とはアトランティスやムーといった現在把握されている歴史よりさらに古い文明のタームのことです。

従って、実存するのは定かではありません。

旧約聖書においてノアの箱舟でまつわる部分で描かれてるように、超古代には洪水など大きな自然現象で滅亡した文明があってもおかしくありません。

レムリアもその一つで、滅亡する寸前にレムリアの人々が逃げ込んだ場所、それがマウントシャスタの地下であるといわれています。

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超古代にマウントシャスタで何があったのか?

そして最近俎上に上がることが多くなったツインレイとは何なのか?

そんなことをマウントシャスタでなんとなく考えていました。

それらを記しておこうと思います。あくまでも私の思っていることですので、ファンタジーとして読んでくださいね。


まずはレムリアについて。

まずレムリアと同時によく言われるのがアトランティスとムーです。

アトランティスは大西洋にあたる部分にあった大陸。

そしてこの大陸では今よりも発達した文明があった。科学的、物質的にもいまよりは高度な文明であった。

しかし、その高度な技術に人々の精神性がミスマッチを起こし、結果的に崩壊してしまう。

策士策に溺れる的な終末であったように思えます。

一方ムー大陸、これはレムリアと同一であった気がしてなりません。

レムリアはアトランティスとは反対で高度な精神性を伴った文明でした。

レムリアは愛と光で覆われた場所でした。

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悪や罪がなく善のみが存在するような世界、疑うことを知らない世界だったのです。

したがって無防備で外敵や圧倒的な自然現象は無力だったのです。

そしてそのレムリアンのン中で自分たちの未来を予見して脱出した人たちがいたのです。

彼らが潜んだところはマウントシャスタでした。そこで彼らは来たるべき時を待っているのです。

それは彼を受け入れることができる地上世界の到来です。

つまり我々現代の人間の精神性が向上して、彼らを受け入れることができるようなレベルになるのを待っているのです。

そして、レムリアンの精神性を受け継いでいる人たちもいるのです。

それが環太平洋の民族だと思います。

太平洋

日本列島、アリューシャン、北米の西海岸、メキシコ、南米の西海岸、ニュージーランド、オーストラリア、

イースター、タヒチ、ポリネシア,インドネシア、フィリピンなどです。

縄文人、アイヌ、イヌイット、ネイティブアメリカン、マヤ、アステカ、インカ、マオリ、アボリジニ、ハワイアン・・・

いわゆる非白人の民族です。そして共通項は宗教観。それは多神教や自然信仰です。

しかし、それらの宗教性や自然観は西洋至上主義のなかで否定され滅亡しようとしています。

レムリアが取りざたされるのは、人類がその深層心理でその復活を望んでいるからではないかと私は思っています。

西洋はアトランティスの影響をうけてこの時代も物質的進化の中心となってきました。

その進化が産業革命以降圧倒的に地球を凌駕してしまったのです。

レムリアはその行き過ぎた物質主義に歯止めをかけるキーワードなのだと思います。

そしてツインレイ。

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思い浮かべてみてください。宇宙から降り注ぐ一条の光。その光は揺らぎ揺らめいて二条の光に分かれます。

それらは絡み合うように捩じりながら上昇していき、また溶け合ってひとつの光になる。

私にはそのように見えるのです。

宇宙から降ろされた一つの光である命が二つに分れた存在。それがツインレイ。

これはツインソウルやソウルメイトと似通っていますが、もっと高次元の意味のように思えます。

ソウルメイトは魂の同胞ともいうべき存在で大きなカテゴリーなのだと思います。

そしてツインソウルは魂の分御霊。魂の双子のような感じです。

ツインソウルが点だとしたら、ツインレイは線のようなイメージ。

ツインソウルは今生のことだけだとしたら、ツインレイは永遠。

時間のスパンが違うのではないかというのが私の感覚です。

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マウントシャスタでなツインレイを感じるかというと、シャスタ山がシャスタとシャスティーナという二連峰だからかもしれません。

二元性を感じさせるのです。男性性と女性瀬、地上世界と地下世界、火山と豊富な水が織りなす火と水の二元性。

そしてレムリアとアトランティスという唯心と唯物の二元性。

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私たちは知らず知らずにもう一つのレイ(自分)を探しに生まれてきたのかもしれません。

そのレイに会ったときに言いようのない感覚になるのではないでしょうか。

あるいは自分のすぐ隣にいる反物質としての自分であるのかもしれません。

 

レムリアとツインレイ、一見全く違ったキーワードなのですがマウントシャスタに行くと二つの事が絡み合ってイメージとして出てくるのです。

シャスタに行って思い浮かんだことを記してみました。

 

今回のテーマは「シャスタとレムリアとツインレイについて」でした。

令和1年6月 369回スケジュール

4日

13:00

守谷 新規

アースハーモニー

5日

13:00

東京V   4回目

クラブワールド

19:00

東京U  7回目

クラブワールド

17日

12:00

谷本グループ 5回目

クラブワールド

19:00

アドバンス

クラブワールド

18日

13:00

東京R  11回目

クラブワールド

19日

19:00

古事記の神

クラブワールド

 

 

 

 

こんにちはスピリチュアキュレータの大村真吾です。

今回のテーマは「スピリチュアル的なメッセージとは?受け取り方と使い方」です。

1:スピリチュアル的なメッセージとは?

2:私の体験

3:受け取り方

4:使い方

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1:スピリチュアル的なメッセージとは?

まず、Message「メッセージ」とはどんな意味でしょうか?

英和辞典のWeblioには

(口頭・文書・信号などによる)通信、伝言、ことづけ、電報、書信、

(公式の)メッセージ、

(大統領の)教書、

(文学作品・音楽・演劇などの)主旨、意図

とあります。

 これにスピリチュアル的という意味が付加されると

霊的な伝言、ことづけ、意図ということになります。

適当な日本語でいうと「啓示」や「天啓」が近いでしょうか。

 

あらかじめスケジュールが決められて、そのとおり進んでいくなかで伝えられるメッセージではなく、思いもよらぬところから寄せられるもの。突如スケジュールが変わって出会うはずもない人が話した言葉や、瞑想や夢の中で聞いた言葉や光景といったのが「スピリチュアル的なメッセージ」ではないでしょうか。

 

つまり自分の思考を越えたところからもたらされる伝言。神や人知の及ばないものからのさし示された言葉ですね。

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2:私が受けたスピリチュアル的なメッセージ

分かりやすくするために私が受けたスピリチュアルメッセージのお話をします。

象徴的だったのは1999年に初めてセドナに行ったときのことです。

それはセドナに行く前から始まっていたことに後になって気づきました。

当時の私は全くスピリチュアルなこととは縁遠い生活をしていました。またそれらについての知識もありませんでした。それだけに後年になってこれから書く体験したことが「スピリチュアル的メッセージ」なのだと確信をえたのです。

 

Message1

まずは妻(当時は結婚前でしたが)が普段行かない本屋に行き偶然手にした本を買ったことから始まります。その本にセドナのことが紹介されていました。その記事に載っていた赤い岩山を見て「ここに行こう」と二人ともが直感的に思ったのです。すでにメキシコに行く予約をしていたにも関わらず、キャンセルをして旅行先をセドナに変えたのです。

 これは「言葉」ではありませんがメッセージの一つだと思います。何者かが妻を本屋んさんに導き、本を手に取らせ、二人に記事を読ませて、セドナに導いたと思わずにはいられません。

Message2

セドナの情報を持っていなかったので、どこに行けばいいかがわかりません。当時はセドナは日本人にとっては全くと言っていいほど無名の町でした。そこで通りすがりの男性に「僕たちはどこに行けばいいでしょうか」と尋ねたのです。答えは「ベルロック」でした。

これは人を介したメッセージです。

 

Message3

ベルロックに行って岩山を登っていきます。周囲には全く誰も居ません。中腹の見晴らしのよいところで座ってぼんやりとしていました。妻は数十メートル離れたところで自分の時間をすごしていました。

十数分一人で座っていたころです、突然「今の会社を辞めて新しいことを始めたほうが良い」という声が聞こえたのです。「えっ?」と思い周りを見回しても誰も居ません。「今聞こえたのは何だろう?」と不思議に思いますが確かに聞こえたのです。ずっと気になりながら旅行をつづけ帰国して翌日会社にいったときに退職届けを出していたのです。

 

これが私にとって象徴的な「スピリチュアル的なメッセージ」です。

 1、2という過程を経て3のメッセージを得るという構造になっています。

結構手が込んでいます(笑)

それも今になって分かったことなのです。

ついでに言うと、私たちがセドナに入った日は新月でした。これも後に分かったことです。

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3:メッセージの受け取り方

大きく2種類に分けられます。

まず一つ目

それは唐突にやってきます。少なくとも私にとっては不意打ちのような突然のことが多いです。

前述のセドナで起きたことはこの種類のメッセージです。

夢の中で語られたことや、朝起きぬけひらめきもこの種類でしょう。

本屋にはいって目に飛び込んできたタイトル、電車の釣り広告に書かれた言葉。

といったものです。つまり「こちらから得ようとしているわけでもないのに答えがやってくる」感覚です。

仲良くさせてもらっている音楽家で松尾泰伸さんというピアニストがいらっしゃいます。

松尾さんは羽生結弦選手の「天と地のレクイエム」というエキシビジョン曲の作曲家でもあるのですが、彼がまだシンセサイザーを主に演奏活動をしていたころ、ふと通りすがりに近い男性が「ピアノがあるホールを予約した」と言い残して立ち去ったのです。確かめると本当に予約されており、そこで数十年ぶりにピアノを弾き、その時の収録がヒーリングピアノアルバム「赤いルン」が出来上がったのです。ちなみにこのときのホール代金は男性が払ってくれていた訳ではなく当日ホールに行ってみると請求されて松尾さんご自身が払ったそうです。このことが松尾さんがピアノを弾く大きなきっかけになったのです。

通りすがりに近い男性はまさに明確なメッセージを松尾さんに授けたといえます。

そして、松尾さんはそれを受け取ったのです。

 

この受け取り方のコツは”感性を豊かにして気持ちをオープンにしとくこと”です。

そして「NO」ではなく「YES」の傾向を強めておくことです。

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普段から、誰かに仕事や頼まれごとされたときに理由をみつけて断るのではなく、可能なものは受けてしまうというようにするのです。それは自分に対してもそうで、やらない理由を探さないことです。「受け入れる」ということに慣れておくのです。

そうすると不意に訪れたメッセージを聴きやすく、受け取りやすくなります。76d3ca6eb45966a15026c4f154c34f09_s

そして次に能動的にメッセージを得ようとする方法です。

これは瞑想をして得ることができます。またセミナーやワークショップに出席してそのなかで話される言葉であることもあります。

瞑想でそれを得た経験をお話します。

私は369会という瞑想&リーディング教室をやっています。

当初、私はいくらの金額でこの会をすれば分からなく悩んでました。

ある時、瞑想をして上位の存在(ハイヤーセルフ)に今の私の置かれている状況を説明して。その会をいくらでやればよいか尋ねたのです。すると「6660円でやりなさい」と言われたのです。私は思わず「安すぎです」と言ったのです。すると再び「やり方がある」と言ってきました。そのやり方とは「参加者には1万円を持ってきてもらいなさい、お前はおつりの3340円を用意しなさい。そしてお釣りの3340円のうちの10円を神社仏閣や募金箱など第三者に渡してもらいなさい。そうすると私の手元には6660円が残る、参加者の手元には3330円のお釣りが残る、そして10円を他者に渡すので10000円から10円を引くと9990円になる。この3と6と9を経て10を渡すことによってまんとなす。これがミロクの世への生き方だ」といわれたのです。

そのメッセージを得たので私は参加費を6660円にして、1万円札を持ってきてもらい3340円のお釣りを渡すということにしたのです。

これは瞑想で答えを求めたものです。

セミナーやワークショップも目的を持って参加されることが多いでしょう。そこで知識や情報という種類の気づきではなく、「これだ!!という閃きのような」もの得た経験がある方もいるのではないでしょうか。

この時に大事なことは「質問力」です。

優れた質問が優れた答えを引き出すものです。

瞑想でも、セミナーでも的確な質問を用意するのが秘訣です。

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4:使い方

どれだけ素晴らしいメッセージを受け取ったとしても使わなければ無用の長物です。

とはいえ、すべてを実施できるかは別問題です。

なるべく実現していくことをお勧めしますが、なかには困難なこともあるでしょう。

または、的確なメッセージなのか?今の自分にとって最適なのか?など疑問が残る場合もあります。

そんなときは、私はもう一度自分に問いかけなおします。

「今、教えてもらったメッセージは自分にとって最適ですか」と自分自身に問いかけます。

このとき、少しでも疑念を感じたり、闇を感じたら実行しないことにしています。

問いかけてわからなければキネシオロジーやOリングテストをしてみます。

その結果、やるかやらないかを判断します。

また、物理的、金銭的に出来ない場合もあるので、それは冷静に判断する必要があります。

しかし、「出来る」というものは直に実行します。

即行動」です。

シンクロニシティとスピードは正比例しているのです。

決断と行動のスピードを速くしていくと次のシンクロ(メッセージ)が訪れるのも早くなります。

 

そして実行の種類ですが、

これは何も大きなことでなくてよいのです。

いやむしろ小さいことから始めるのが良いでしょう。

そして成功体験を積み上げていくのです。

そうするとスピリチュアル的なメッセージや自分の直観を信じやすくなります。

そして、その積み重ねが大きな決断にもつながっていくことになります。

最後にもう1点スピリチュアル的メッセージを得て成功する秘訣をお知らせします。

それは責任は全て自分にあるということです。

「呼ばれたから○○に行った」「上からいわれたからやった」ということをよく耳にします。

私にはしばしばそれは言い訳のように聞こえるのです。

天啓であろうと、宇宙からの啓示であろうと、神の声であろうと実行するのは自分です。

小さなメッセージを積み上げて、やがて自分の使命に行きつく。

それがスピリチュアル的なメッセージの醍醐味だと思います。

 

というわけで今回のテーマは「スピリチュアル的なメッセージとは?受け取り方と使い方」でした。

 

 

こんにちはスピリチュアル キュレーターの大村真吾です。

今回は北海道の絶景パワースポット「積丹半島の神威岬」についてです。

1:神威岬とは

2:神威岬の伝説

3:源義経伝説

 

1:神威岬とは

北海道の積丹半島にあります。

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地図1

地図2

地図3

 

住所は北海道積丹郡積丹町神岬町。

札幌市内からは車で約2時間、小樽市内からは約1時間半になります。

ニセコ積丹小樽海岸国定公園に属しており、先端には神威岬灯台と神威岩があり、この付近は古くから海上交通の難所として知られていました。

積丹半島には島武意海岸や黄金岬など美しい場所があります。

また札幌や小樽からの行程の中で余市も通りますのでニッカウヰスキーやニシン御殿などの見どころもあります。

また神威(カムイ)は神を意味し、自然現象や動植物などに宿るとされています。

つまり神の岬という訳です。

ちなみにアイヌ語では神威と感じでは書きません。これはアイヌ語の音に感じをあてたことになります。

北海道の地名の多くはアイヌ語で漢字をあてたものです。

 

神威岬は神威自然公園になっています。

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駐車場から「チャンカレの道」というトレイルが神威岬の先端まで続いています。

歩き始めて10分弱くらいで「女人禁制の門」に着きます。

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女人禁制の門(今はこの門から先に女性も行けます)から約20分くらいで神威岬の先端に着きます。

「チャンカレの道」は少々起伏があり、左右が断崖絶壁の尾根を進みます。

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ダイナミックな景色を楽しむことができます。また眼下の海は積丹(シャコタン)ブルーと呼ばれる綺麗な海を見ることができます。

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灯台のすぐ先に岬の先端があります。そこからは神威岩を望むことが出来ます。

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2:神威岬の伝説

 奥州で自刃したといわれる源義経。実は義経は死んでおらず北海道に逃げ延びて日高の平取に潜んだとされています。平取で長の娘チャレンカと恋に落ちたのですが、義経は平取を出て積丹半島に行き大陸に渡りました。チャレンカは義経を追い最先端の神威岬まできますが、義経は海のかなたに去っていきます。泣き叫ぶチャレンカは「和人の船、婦女を乗せてここを過ぐれすなわち覆沈せん」と言い海に身を投げます。そのチャレンカが神威岩になったといわれています。

その後、神威岬は難所でもあり「女性禁制」とされました。

 

3:義経チンギスハン伝説

義経が鍛え逃げ延びで蝦夷から大陸に渡りチンギスハンに成ったという伝説があります。

伝説

                                       源義経              チンギスハン(成吉思汗)

「義経=チンギスハン」説のまえにまずは義経が奥州で亡くなっていないとする「義経不死説」を見てみなければなりません。

頼朝と義経は異母兄弟です。頼朝の母は由良御前(父義朝の正室です)という熱田神宮の宮司の娘です。一方義経は常盤御前。

義経は壇ノ浦の戦いで平家を滅ぼした功労者にもかかわらず、頼朝から謀反の疑いをかけられて追われることになります。

京都を出た義経は幼いころに身を寄せていた東北、奥州の藤原藤原氏 藤原秀衡のもとに行きます。

しかし義経が行った数か月後に秀衡は亡くなってしまします。引き継いだ秀衡の子である泰衡は義経を匿います。しかし1189年旧暦4月30日頼朝からの再三の圧力に屈し泰衡は義経を討ちに行きます。囲まれた義経は持仏堂に籠り、そこで自刃したとされています。

その首は同年旧暦6月13日に鎌倉に届けられます。実に43日間もかかっているのです。平泉から鎌倉は約480KM、約20日前後で着く距離です。また首実検をした梶原景時は「義経の首ではない」としますが、もうひとりの和田義盛は「この首は焼け首であって、生きていたころの顔とは違っていて当然だ。しかもこの首が祟りを起こす」と言います。結果この首は海に棄てられたのです。頼朝は義経の首を確認していないのです。

その死んだはずの義経であったにもかかわらず、半年後には「義経蜂起」の知らせに鎌倉幕府は大騒ぎになるのです。誤報だったと収まるのですが、義経が死んだと確信していれば起こらない騒ぎのはずです。

そして義経を討った藤原泰衡は同年7月から9月にかけて鎌倉幕府との間におきた奥州合戦により奥州藤原氏は滅亡することになります。これにより頼朝は政権を確立することになるのです。

 

宮城県金成町には杉目太郎行信の碑があります。その碑には「源祖義経神霊見替」と刻まれています。この碑は明治以降に作られたものですが、この地には行信が義経の身代わりなったという言い伝えがあります。

そして東北には義経の伝承が宮城から青森まで転々とあるのです。

宮古市「黒森神社」、久慈市「諏訪神社」、八戸市高舘「小田八幡宮」、青森市「善知鳥神社」、東津軽郡外ヶ浜町「義経寺」

そして義経は津軽海峡を渡り蝦夷に入ります。

 

津軽までは上記のほかにも数多くの通過ポイントの伝承が残っているのです。

 

北海道では日高平取に「義経神社」があります。

義経神社

義経神社に由緒は

【義經神社】の始まりは1799年まで遡ります。現在の【北海道】【平取町】の【アイヌ】の人々が【源九郎判官義經公】を慕い、【カムイ】(神)と崇敬している。この事を知った江戸幕府の巡検使・近藤重蔵が、義經公のお姿(木像)を江戸の神田で奉製し平取町のアイヌの酋長(リーダー)に贈ったことに始まります。明治政府による【北海道命名】が1869年ですから、北海道の歴史よりも70年も前、北海道が蝦夷地と呼ばれていた頃から存在する歴史ある神社です。

義経神社ホームページより引用

また義経像も祀られています

義経神社2

 

ここまでが義経は蝦夷 平取までの足跡です。

平取の首朝の娘チャレンカと恋に落ち、その後積丹半島に行き、日本での足跡は消えてしまうのです。

また水戸光圀は義経の北行伝説に注目し、船をしたてて数回におよび蝦夷地を調査しています。確証は得れていませんが、調査団は義経・弁慶にちなんだ地名があること。そしてアイヌの人々から神とされる「オキクルミ」として崇められていると伝えています。

 

義経=チンギスハン伝説

ここからは義経が大陸に渡ってチンギスハンに成ったのか?ということになります。

まず、義経=チンギスハンを唱えたのはシーボルトといわれています。

確かにチンギスハンと義経の生きた年代は重なります。

 

義経

 

チンギスハン

京都で源義朝の9男

幼名は牛若丸。

1159

 

 

不明

モンゴル中央高原で

チンギス・ハン誕生する。

鞍馬寺に預けられる。

1169

 

義経は奥州にいく。

1174

 

壇ノ浦の合戦で勝利

1184

 

平泉で自害

1189

 

 

1190年頃

十三翼の戦い

 

1196

タタル討伐

 

1206

戴冠


・両者とも背は高くなかった。
・ジンギスカンの前半生には空白部分が多い
 義経=チンギスハン伝説の元になっている根拠に一例です。

・成吉思汗が1206年にハーンに即位した時の「九旒の白旗」の建立は源氏の氏の長者、武家の棟梁の宣言ではないか。「白旗」は源氏の旗印であり、「九旒」は九郎判官を意味するものではないか。

・成吉思汗はニロン族、すなわち日の国よりきた人として蒙古に伝えられている。この「ニロン」とは「ニホン(日本)」のことはないか。

・成吉思汗は別名を「クロー」と称した。これは「九郎判官」ではないか。また、軍職の名は「タイショー」として現代に伝わる。蒙古の古城跡では「城主はクロー」と称していたという言い伝えがある。

・成吉思汗は紋章として笹竜胆を使用した。笹竜胆(源氏の紋章)を尊んだのではないか

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左が笹竜胆紋。右がモンゴル人が兜につけるという紋章
(出典:佐々木勝三、大町北造、横田正二『義経伝説の謎』勁文社)ASIOSよりお借りしました

 というのが義経=チンギスハン伝説です。

はんたして義経が大陸に渡りチンギスハンになったのか?

1823年に来日したドイツ人医師シーボルトがその著書「日本」のなかで義経=チンギスハン伝説を解くことでこの説はおおきくとりあげられることになりました。

明治から現在に至るまで義経=チンギスハン伝説には様々な意見があります。

題材にした小説もありますので、

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                  高木彬光「成吉思汗の秘密」

↑ ↑ ↑ ↑ ↑

かなりおもしろいです。

これを機会にイマジネーションを含ませてはいかがでしょうか

今回は今回は北海道の絶景パワースポット「積丹半島の神威岬」についてでした。

こんにちは開運極楽パワースポット巡りの大村真吾です。

今回のテーマは【偶然に神が存在する!! 経営者必見のリュウ博士「成功している人はどこの神社に行くのか」で起きたシンクロ】

ゴールデンウイークも最後から2日目の5月5日。

その日は令和の最初の新月でした。

新しい御代の最初の新月というわけで「願い」をするのは最高の日となりました。

その日にリュウ博士こと八木龍平さんの講演会が神戸湊川神社で行われたのです。

 

リュウ博士とはまだお会いしたことはありませんでした。

しかし著作の「成功している人はなぜ神社に行くのか」はあまりにも有名です。

成功者や経営者が行っていること。その共通項が「神社」に参拝なのです。

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そのリュウ博士とはいつかどこかでお会いしたいなあ思っていたのです。

その願いは同時に2方向からやってきました。

ひとつは私がやっている「369会」という瞑想とリーディングと面白話の勉強会があります。

そのメンバーの谷本さんと飯田さんという方がなんとリュウ博士の「そらみつ大学」の運営をしていたのです。

 

そしてもうひとつは

合同会社 あいとぅるというスピリチュアルや心理学のセミナーやイベントを開催している会社があります。

その代表のミキティ先生に私と宇津さんでやっている鎌倉FMの「たまりら」にご出演したことがあるのです。

今回はそのあいとぅるの企画で行われるリュウ博士の講演会と湊川神社での奉納演奏だったのです。

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 リハ中?の宇津さんと箱根さんに降臨中

 

そんな訳で、会いたいなあと思っていたリュウ博士とは二つのラインからほぼ同時に伸びてきていて

今回 神戸湊川神社でお会いすることができたのです。

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湊川神社といえは楠木正成公をお祀りしている南朝と聖地ともいえる場所。

しかも講演会場の部屋の名前が「菊水の間」

後醍醐天皇から忠義に厚い楠木正成に菊花紋が下賜されました。

楠木正成は天皇家の家紋は身に余るとし、菊の花が川の水面を美しく流れるようすを家紋にしたといわれています。それが「菊水紋」です。

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その菊水の間でリュウ博士の講演会は行われました。

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講演は今年出版された2冊目の著書「成功している人はどこの神社に行くのか

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の発刊記念も兼ねているとのこと。

リュウ博士のお話は神社に行く人々の行動科学から見た考察や、神社の配置がシステムとして構築されているなど新鮮な切り口で大変面白かったです。やっぱり理系的な考察で神社や神道をみてみると面白いです。

そのリュウ博士の講演会で一人の参加者が質問をされました。

”彼女は近所の氏神の神社に行こうと思い立ちました。しかし近所には複数の神社があり、どこが自分の氏神かわかりません。まずはよく知っている神社に訪れ、住所を行って氏神かを尋ねました。しかし彼女の氏神は訪れた神社ではなく、もう一方の神社でした。教えられた神社に行ったところ 薄気味悪く人気のない神社だったそうです。しかも、あまり治安も良くないので訪れないほうが良いといわれる始末。こういったとき氏神に参拝するべきか迷っている”というような内容でした。

私もいろいろと各地の神社を訪れると荒廃した神社がやはりあるのです。

神社はそもそも鎮守の森で地域の信仰や祭や集まりのハブ機能ともいえる存在でした。

しかし今は人口減少や宗教・価値観の多様性などに伴い神社の存続が非常に難しくなっているのが現状です。

伊勢神宮や明治神宮といった超有名神社には多くの人が参拝しますが、地元の神社は閑古鳥が鳴いている始末です。メディアやブームで喧伝されて神社参拝をする人が非常に増えていますが、本当に参拝すべき神社には人が言っていないのが現状なのです。

 

質問された方は私の斜め後ろに座っていたので、講演会の後「どこの神社なのですか?」と尋ねてみたのです。

すると西宮の鳴尾八幡神社というではないですか。

そこは私が生まれ育った地元だったのです。

いてもたってもいられなくなり、一緒に行ってみませんか? ということになったのです。

 鳴尾八幡宮1鳥居から一直線にぁなり長く伸びる参道。

石畳の左右は緑で、草が伸び放題というわけではありませんでした。

しかし、どことなく手が行き届いていない雰囲気はあります。

参道に玄関が面しているお宅もあり、まわりは静かな住宅地です。

私たちが参拝に行ったときは治安が悪いという印象はありませんでした。

鳴尾八幡宮2拝殿は外見は壊れいるわけではありませんが、ほこりが積もっていてやはりさみしい感じ。

お賽銭箱は枯れ葉や砂がたまっていました。ここにお賽銭を入れる気にはなりませんでした。

するとそこに振り込み用紙が置かれていました

鳴尾八幡宮3若干湿っていましたが、まだ置いて、何か月も経っている感じはしませんでした。

参拝した時の様子を動画にしているので是非見てみてください

 鳴尾八幡神社廃祀 廃神社になる!? 甲子園球場の近く 鳴尾八幡神社。

家に帰って、鳴尾八幡神社について調べると、宮司さんらしき人のブログがあり、もう廃祀にする うんぬんと書かれていました。果たして実際のところどう運営がされているのか定かではありません。

ともかく、いちど修理費を振り込んでみようと思います。

また、結果を報告したいと思います。

 

最近、マヤ暦の紐解きをされている一十永光さんから小樽の廃れていた神社に奉納をした話などを伺い、先日は和歌山の龍神村に行き過疎地区の神社や社を参拝してきました。地元の方々のあきらめの声や、まだまだ語り部としてがんばっている人の声などを伺いました。

どうやら廃れている神社に引き寄せられているような気がしてなりません。

 これぞシンクロ。

リュウ博士に繋がっていく2本のライン

数か月前に一十さんに荒廃した神社の話を聞く。

龍神村に行くことに ここポイント。リュウ神です。

質問をされた方が偶然斜め後ろに座られたから「どこの神社ですか」と尋ねた。

その神社が私の地元だった。

 

こんなに偶然がつながるなんて!!

私は偶然に神が存在すると思っているのです。

偶然はチャンス。チャンスは機会。それはメッセージでもあります。

これなんかあると思いませんか?

 

 

今回は【偶然に神が存在する!! 経営者必見リュウ博士「成功している人はどこの神社に行くのか」で起きたシンクロ】でした。


令和1年5月 369会スケジュール

7日

13:00

東京N 12回目

クラブワールド

10日

10:00

札幌   1・2回目

ここにいるよ

13:00

札幌   3回目

ここにいるよ

15:30

札幌   5回目

ここにいるよ

17:40

一十さんマヤ叡智 メキシコツアー説明会

ここにいるよ

19:00

龍神トークショウ 一十永光さんと

ここにいるよ

11日

10:00

札幌 12回目

ここにいるよ

11日

13:00

宇津さん ボイトレ

ここにいるよ

12日

369会遠足 余市小樽方面

ここにいるよ

13日

10:00

札幌 10回目

ここにいるよ

13:00

札幌 11回目

ここにいるよ

14日

13:00

守谷 12回目

アースハーモニー

14日

19:00

一十さんマヤ メキシコツアー説明会

クラブワールド

15日

13:00

東京T 8回目

恵比寿会議室

15日

19:00

アドバンス

クラブワールド

16日

19:00

東京U 6回目

クラブワールド

17日

11:00

谷本グループ 3・4回目

クラブワールド

23日

14:00

東京R 10回目

クラブワールド

24日

13:00

東京V 3回目

クラブワールド

恵比寿会議室:渋谷区恵比寿西1-8-8 ライオンズマンション小川恵比寿502号

恵比寿駅から徒歩1分のレンタル会議室です

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